世間の神話に囚われ、
がむしゃらに身を粉にして働く働きマンが、
自分の神話に導かれた軌跡についてまとめています。
パーソナルクレド®が私のもとにやってくる以前の私は、
目の前の目標を追いかけ、
何もかも自分の想い通りにしようと
頑張りまくっている人間でした。
よく言えば努力家、
頑張ればなんだって叶うと思っていました。
自分にも周囲にも厳しく、
頑張れないのはダメだと思っていたんですね。
どうせ働くならば世の中の役に立ちたい、
そして自分も充実感のある働き方をしたい。
もちろんお給料もたくさん欲しいし、
人からすごいって言われる職業がいいな、
そんなふうに、
純粋さもありつつ
エゴもいっぱいはらんだ状態で、
大学卒業後、リクルートへ入社。
営業職を一年経験した後は、
求人広告のコピーライター・ディレクターとして10年間勤務。
会社生活はとてもとても楽しかった、
仕事も社風も自分にとてもむいていたので、
とにかくがむしゃらに働きました・・。
最後の頃は、
ユ●ケルの一番高いのを一日二本飲みながら、
会社に住んでいるような状態で、がんばって働き、
社内でトップクラスのクリエイターとして
評価や収入はそれなりにいただきました。
自分の作る広告がお客さまや
読者の役に立つという喜びも味わい、
とても充実していたのだけれど、
自分を追い込みすぎるあまり(追い込んでしまうからこそ)
会社に求められた目標はクリアするものの、
それ以上の自分になることはなかった。
その上、プライドが高すぎて、
本当の自分のアイデアで勝負せず、
長時間働くことで人からの信頼や評価を勝ち取ろうとしていた。
がんばってがんばって、
予定調和のちょっと上をクリアしていく・・・、
楽しくやりがいを感じる反面、どこかいつも苦しく虚しい感じ。
それは間違っても「会社のせい」なんかではなく、
ただただ自分が自分を信頼せず、
目の前をコントロールしようとしていたからでした。
そんな私が、
自分にしかできない使命を
感じて生きていけるようになったのは、
偶然・・・という名の必然から?
私が、自分のハイヤーセルフにふれ、その先の大いなる宇宙とつながり、
自分のブループリントがパーソナルクレド®となったことから。
私が初めて自分のハイヤーセルフとふれあった、
いわゆる覚醒体験をしたのは2006年の秋でした。
2003年にリクルートを退職、
出産、子どもの病気、起業の挫折からの失業、
そして産後うつや、夫婦の危機など、
順風満帆と思っていた自分の人生が
いきなり暗礁に乗り上げることをきっかけに
「こんなに人生がうまくいかないのは、
何かのせい、ではなくて、
自分に何か問題がある」
と、気づいた瞬間があり、
そこから自分の人生を棚卸ししているある時のこと。
ふとした瞬間に、
自分の足りないところにばかりに意識を向け、
外の世界ばかりを追い求めていた自分に気づき、
それと同時に、
いまの自分がこうしているのは、
これまでの自分の人生のおかげだ、
というシンプルなことに気づいたのです。
そしてその途端に、
感謝の気持ちがどわ~っと湧いてきて、
その途端に目の前がアフリカになったのです。
ライオンがシマウマを喰らい、
その屍が土へ還り、土から芽が出る。
大いなる命の循環が動画状態でやってきて・・
これはいったいなんだろう???と考える間もなく、
「全てのことに意味がある」 という言葉が
全身を貫くような感覚で湧いてきました。
それは、言葉で表現できない至福の感覚で、感激のあまり号泣し、
「この気持ちを忘れたくない」と思った。
・・そして偶然か必然か、
その時は、自分に名前をつけるワーク中でした。
私は、なりふりかまわず号泣しながら、
「私は、全てを受け容れ育み育まれる大地です」 と名乗り、
大地のように生きようと決めたのです。
それがハイヤーセルフとか潜在意識と言われる、
本当の自分・・大いなる自分の本質とつながった瞬間・・・
覚醒体験だったことを知ったのは、
ずっと後のことでしたが・・。
大地というシンボルを持ったことで、
無自覚ながらその存在とつながることができるようになったのでしょう。
それ以来何かあった時は、
「自分が大地だったらどうするか・・」と考えることで、
感情的な気持ちから物事を俯瞰して眺めることができ、
大切なことから離れずにいる方法を得たのです。
短気でイライラしがちだった私が、
心が穏やかでいられる時間が増えていくと、
喧嘩ばかりしていた夫や母との関係が
うまくいくようになっていました。
自分の物の見方や考え方が変わるにつれ、
自分の周りの人間関係が穏やかになっていく・・。
荒れていた生活が、満たされた時間に変わりつつも、
泣いたり怒ったり、色んなことがある中で、
自分との対話を重ねていきました。
そして、しばらくして
「何があっても自分は大地のように生きて行こう」
そうあらためて思った時、
自分の中から「大地の想い」みたいな感覚の言葉が湧き上がり、
溢れるままに手を動かし言葉にしたのですが・・・。
それが、パーソナルクレド®という形になるのも、
それがそれぞれの命の計画として、
そもそも宇宙の中に存在しているものだということを知るのは、
ずっとずっと後になってからのことですが・・・。
とにかく、心の中から溢れてきた言葉を書きとめた私は、
自分のシンボルを思い出すこととセットで、
何かあるとそれを読み返すようにしていました。
すると・・しだいに予想外の方向に人生が流れていくようになりました。
目の前の相手のシンボルや物語が浮かんでくるという体験を経て、
そして浮かんだ言葉が偶然からパーソナルクレド®という名前のサービスとなり、
これも偶然から本の体裁にプロデュースしていただくなど・・
気が付くとそれを産み出す講座を運営する会社を
夫婦で設立する流れとなっていた。
社会の枠組みから見るとありえない方向に、
本人も恐れ、戸惑いながらも、なぜかそちらに向かうしかないと、
突き動かされながら、前に進んでいくうちに、
思いがけないご縁や、チャンスはもちろん、
お金やモノといった物質的な援助も含めて、
自然にやってくるようになったのでした。
気が付くと、サラリーマン時代にすべての時間を捧げ
身を粉にして働いた頃以上の、やりがいやそして収入を得ながら、
家族や体など、大切なことをいっさい犠牲にすることなく、
人生全体が楽しめるようになっていました。
自分はこのために生まれてきたんだ、と
心から納得感をもって心地よく生きる毎日となりました。
こうして、
目に見えない何かに導かれたかのようにして今に至り、
気が付くと、
自分のやってきたことや、体験したこと、
好きなこと、そして両親から受け継いだ能力や資質・・・、
夫と私それぞれの得意なことなど、
自分をとりまく全てが一つにつながって、
パーソナルクレド®という、
自分の神話を生きる道具が産まれ、
私たち・・私と夫は、
自分の神話を生きるガイドという、
天から与えられたお役目を
果たさせていただいていくようになったのでした。
以上が、私たちがいまにいたるまで。
長くなりましたが
お読みくださってありがとうございます。
母という仕事は・・・
母であるということは・・・・
自分の不甲斐なさを受け止めること。
自分のエゴを思い知ること。
身勝手で子供じみた自分にがっかりすること。
世間の理不尽や矛盾や歪み・・・、
大人の愚かさに翻弄されながらも
それらと共存して生きていくこと。
母という生きものになると、
我が子の喜怒哀楽が
そのまんま自分に負い迫るようになる。
一人の人間としての自分には
本当は関係ないはずのところで、
まったくなさけないことに、
自分のこと以上に悲しくなったり、腹が立ったり、
そして嬉しくなってしまう。
これはなんなんだ!
いまだどこかで、へその緒がつながっているの?
そしてそういう感情や体験。
そのひとつひとつが、
不甲斐ない自分を猛烈に育んでくれる。
母を生きることは
無条件に相手や自分を大切に思える、
愛にあふれた自分と出会う旅。
自らの未熟さに、
がっかりする時もある。
感情むき出しになる自分。
気分で怒鳴りちらす自分。
そんな、大嫌いな自分を責め、
そんな自らにますます落ち込む・・
それを何度も何度も繰り返し、
自分と向かいあう。
こんなはずじゃなかったのに!
・・ほんとうに
母という仕事ほど、
自分をがっかりさせるものはなく、
その一方で、
これほどまでに自分を成長させ、
自分を喜ばせる仕事は、そうそうないと思う。
母であること・・・
母という職業はこの地上で最高の仕事のひとつ。
だから、どんなに未熟でも、
どんなにエゴまみれでも、
身勝手でも、子供じみていても、
そんな自分を認め受け入れて、
そんな自分を諦めて、
そんな自分のまんまで、
誇りをもって、楽しみながら、
精進しながら務めさせていただこうと思う。
・・・・・・・・・・・・・
こんにちは冨永のむ子です。
昨日は次男のサッカーの試合で、
三浦方面まで向かいました。
次男にとって大きな大会だったようで、
毎日の食卓で必ず話題に出ていた大会
本人も自主練に励んでいました
が・・・空回りしたのか、まさかの一回戦敗退。
試合前に私や夫を含めた保護者たちはみんな
自分のこと以上にドキドキし、
試合が終わると
泣いている子供たち以上に、がっくりして肩を落とす・・。
ほんと、我が子のことって、
自分のこと以上に想いが強くなる。
自分が何もできないのが歯がゆいのか。
期待が大きくなりすぎるのか、
きっとその両方
自分がやったらできないくせに、
えらそうに指導してみたり、
時には頭に血がのぼって腹が立ったり。
他人ごとだとこれほどまでに
我を忘れることはないのにね・・・。
でもその一方で、
子供は小さくても一人の独立した人間、
人格を持った独立した存在。
神様からのお預かりもの。
(授かりものじゃなく)。
だから自分の持ち物じゃない。
自分に最も近い、
自分以外の一つの人格を持った命。
だから自分のもののように扱ってはならないし
自分の思い通りにしようとしてはならないし、
しても無駄だし。
でもどうしても、母は我が子のこととなると
我を忘れがち・・・
本能が目に見えない「へその緒」を感じるんだろうね。
でも、そうなるってことは、
それはつまり、
目に見えるへその緒を切り取って、
母親になった瞬間に、
自分とそれ以外の
命の境界線を
しっかりと引くというレッスンがはじまるってこと。
だから我が子って、どんな子供であっても、
お母さんの魂の師匠でもあるの。
・・
必要以上に出来不出来を心配したり、
必要以上に先回りしたり、
必要以上にモノや教育を与えてすぎたり、
可愛い、と可哀そう、をはき違えたり、
母ってほんとに愚かだから、
うっかりすると、
自分が子供を思う気持ちに溺れがち。
私もほんとそう・・・
それはきっと母という生き物の性(さが)。
そして、
母という生き物にそういう特徴があるってことは
母になった人は
子供の命そのものを信頼し
尊重するレッスン、
無条件の愛ってどういうものか、
を体現するレッスン
を
今回楽しむって決めている魂なんです。
だから、
子育てがしんどくなったり、
ついつい感情的になってしまったり、
我が子の扱いにてこずっていたり、
子育てに自信がないお母さん。
自信がなくって当然なんだよ。
むしろそれがまとも。
開き直って、日々の子育てを通して、
自分を育てることを楽しもうって決めてください。
あ、ちなみに、
母という職業だけが素晴らしくて、
女性みんなが母にならなければダメと
言ってるんじゃないよ。
あくまで魂が
母になるという体験を通して
受けるべきレッスンを決めているかどうかです。
そして必ずしも出産しなければ
それができないってことでもありませんので、
そこは誤解なきように。
血のつながりがすべてではないから。
魂のへその緒がつながっている関係もあるから。
・・・というわけで、また。
お読みくださってありがとうございます。
感謝をこめて
母である方も、そうでない方も
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