今年度最後の「魂の声を観る」コラージュリーディング
春のエネルギーでいっぱいの江ノ島で☆
今回ご参加下さった方の中には、
実は地に足がついていない方がとても多かったのです(笑)
面白いくらいに。
そしてそのことに気づいた方が、
げらげら大笑い。
そしてみんなも大笑い。
楽しい時間でした。
自分が前に進もうと思う時、
遠くの理想ばかりを見すぎたり、
見たくないものを見ないでいると、
ついつい前のめりに浮き足立ってしまい、
地に足がつかなくなってしまうんですね。
そうなってしまうと、
物事が前に進まないのは当たり前。
講座の時にもお話したけれど、
そうやって、地に足がついていない時、
だから、あなたがダメだってことではありません。
今の自分が、たまたま
地に足がついていないというだけ。
そういう状態が、そこにある
というだけ。
だから、
これっぽっちも失望することはなく、
まずはそれを認識した上で、
「で、どうする?」
って次に進めばいいだけ。
どうする? っという時、
人は自分の感情に巻き込まれたり、
思考をぐるぐる廻らせたりします。
「なんで自分はこうなんだろう」
「どうしたいいかわからない・・
「だってだって!」って、
損得勘定を弾き出したり、
前に進めない言い訳を探したり、
自己分析したり。。。
でもそうやって、もやもやに浸って
頭の中でぐるぐるぐるぐるすることは、
あんまり意味がなく
そういう時こそ、自分を客観的に眺めつつ、
智恵を絞ることが必要なんじゃないかと。
頭でっかちになることと、
智恵を絞ることって、
ちょっと、いや全然違う。
そして、
頭でっかちっていうよりも、
自分の感情に支配されて悩むだけって、
実は「心でっかち」なのかもしれません。
そういう人の多くが、
私は感性で生きてるのっていうけど、
うーん、
それは感性っていうより、感情かな?
思考をぐるぐるめぐらせているだけだし・・。
感情に支配される冷静になれない状態で、
頭の中でさまざまな思考をめぐらせ、
ついつい善悪とか損得勘定で物事を受け取る・・・。
常に感情と頭の中が揺れ動いている。
現代人は忙しい、
家事に育児に仕事もあれこれ。。。と、
やることが同時多発的に発生するような時、
そうなってしまうのは
当たり前と言えば当たり前なんだけど、
それが過剰になると、情緒が不安定になり
思考がぺらぺらとうるさいくらいになる。
わたし感性で生きています!って言う割りに、
周囲に配慮なく、ひたすら自分のことばかり話す人。
やたら饒舌で人の話を聴かない人に出会うと、
それは感性じゃなくて
幼稚な感情なんだよ!って
言いたくなっちゃう時もあるかなあ・・・
で、話を地に足がついていない状態に戻すと・・・・
そういう時に使いたいのは
思考ではなく智恵。
目の前の一歩を歩まない理由を探すのではなく、
どうやって歩いていくかを、
具体的に智恵を絞るって感じ?
智恵を絞ることと、
ただ思考をぐるぐるすることは、
波動が全く違う。。
どう違うかについては、
今の私の文章能力では限界を感じますが・・・、
まあそれも受け入れるってことで、
意味不明なら読み飛ばしてもらえばいいかな。
講座後にいただいているご感想、
大量に私の手元で抱え込んでいますんで、
今日は、「地に足をつける」というテーマに沿って、
昨日のワークショップでいただいた感想をアップしますね。
のむ子さんの名前が頭に浮かぶようになり今日は参加しました。
もう自分の力だけで頑張る時期は
終わったような気がしていたので、
まさに出会うタイミングだったのだと思います。
目をつぶって選ぶモチーフ。
無意識が選んだものを貼っていくと、そこには私の心が現れました。
うすうす感じていたことがはっきり目に見える形になり、本当にびっくり!
地に足がついていない。
このことをしっかりと見て行こうと思います。
帰ったら夫にも見てもらいます
新しい在り方を見つけるよい機会になりました。
ありがとうございました。
そう、自分の地に足がついていない現状を「観る」
これとても大切なステップなのです。
ありがとうございます!
御自分の体験をおりまぜて下さったのも良かったです。
コラージュ、一人で見ている時と、
ワークで相手の方に見ていただいた時で、
自分とは全く違う視点があることが面白く、
他の参加者の方のコラージュとの共通点があるのもびっくりしました。
グラウンディングは私の今の大きなテーマだなとあらためて感じました。
短い時間で作ったコラージュなのに、
自分のことがあらわれていて驚きました。
自分がグラウンディングできていないことに関して、
のむ子さんから、
具体的な行動方法を教えていただいたのもよかったです。
自分の感情と体の声を感じることや、
心地よいことをやることは、少しずつしていたつもりでしたが、
まさか理性を使うことがキーワードだったとは!
早く魂のバランスを取って、使命で生きて行きたいです。
もちろん地に足をつけること、
グラウンディングするために、
理性を使うことだけが答というわけではありません。
でも、「考えるな、感じよう」っていう言葉が、
自己啓発を促す場でやたら飛び交う中で、
それを発する人が
どれだけ自分のお腹に落ちているんだろうかっ
て思う時があります。
考えるのを辞めたら人間じゃないよ!!
って思ったり・・・。
もちろん頭でっかちで
考えすぎて苦しくなっている人が多いからこそ、
「考えるな感じよう」なわけだけど、
感情に支配されてただ悩んでいるだけで、
行動できなければ何も変わらないのは事実で、
その際に、
どうやって行動する?っていうことについては
理性や知性を使ってちゃんと考えた方がよいと思います。
理性は人間だけに天が与えた力なんだから、
天が与えた力という意味で、
「考える」ってどういうことか、を
あいまいにしない方がいいように思うんですね。
私なりの理解にすぎないけれど、
神が与えた「考えること」って、
損得を勘定することでもないし、
自分が前に進めない言い訳探しでもないし、
逆に浮き足立っている自分を擁護するためでもない、
相手を責めるためでもないし、
自分を優位に置くためでもない、
心を静かに、
地球と一体化した自分を感じつつ、
より良い未来を創造するために、智恵を絞る。
ということかなと。
それが、
「ちゃんと考える」ってことなんじゃないかと思います。
まあ、これは現時点での私の見解なので
これが絶対的な結論でも、
私が正しいというわけでもないんだけど、
少なくとも、
自分を良い状態に整えた上で、
智恵を絞っていけば、
自然に目の前の扉が開いていくことだけは確かです。
ワークショップの中では
そんな話をさせていただきました。
ご参加下さったみなさま、
受け取って下さってありがとうございます。